あれは、家族が旅行で不在にしていた、一人きりの夜のことでした。読書に集中していた私の耳に、静寂を破るように「シュー…」という微かな、しかし途切れることのない音が飛び込んできました。最初は気のせいかと思いましたが、耳を澄ますと、その音は確かに家のどこかから響いてきます。キッチン、洗面所、お風呂、全ての蛇口を確認しましたが、水滴一つ落ちていません。それなのに、音はやまない。得体の知れない現象に、背筋が少し寒くなりました。恐怖と好奇心に駆られ、インターネットで「水道 使ってないのに シュー音」と検索すると、そこには「水漏れの可能性」という恐ろしい言葉が並んでいました。そして、それを確認する方法として「水道メーターのチェック」が紹介されていました。懐中電灯を片手に、夜の闇の中、玄関脇のメーターボックスの蓋を開けました。中にあるメーターを覗き込むと、そこには銀色の星のような形をした「パイロット」と呼ばれる部品がありました。家中の水を使っていないのだから、動いているはずがない。しかし、そのパイロットは、ゆっくりと、しかし確実に回転を続けていたのです。その瞬間、見えないどこかで水が漏れ続けているという事実が、確信に変わりました。翌朝、すぐに水道業者に連絡し、調査を依頼。専門の機材を使った調査の結果、原因は壁の中を通る給湯管に開いた、針の先ほどの小さな穴「ピンホール」だと判明しました。壁を一部解体しての修理は半日がかりでしたが、忌まわしい音がピタリと止んだ時の安堵感は、今でも忘れられません。後日届いた水道料金の請求書は、普段の三倍近い金額になっていました。あの夜の異音は、私の家の壁の中から発せられた、紛れもないSOSだったのです。